しまのま
生活と文化とわたし

2020年7月、龍郷(たつごう)町幾里(いくさと)集落にオープンしたあらば食堂。
食堂の名前は、秋名、幾里、嘉渡、円、安木屋場の5集落から成り、建物が所在する荒波(あらば)地区に由来するもの。
あらば食堂では、荒波地区在住の5人のおっかん(お母さん)が作る、昔から地域で食されている家庭料理を味わうことができます。

開放的な厨房からは、時折おばたちの会話が聞こえる

食材にまつわる話で、楽しさもおいしさもひとしお

「今日は秋名集落に来てくださってありがとうございます。」
温かく迎えてくれたのは、食堂を運営する一般社団法人E’more秋名(いもーれあきな)の理事、森吉喜美恵(もりよし・きみえ)さん。
シマ料理(ジュウリ)が味わえる「おっかんの旬替わり定食」について紹介してくれました。

どれも優しい味付けで、素材の味が感じられておいしい

この日のメインは、ウワンフネ(豚骨)と島野菜の煮しめ。
ほかに、丁寧に出汁をとったシブリ(冬瓜)入りのじゃこ出汁、島野菜のかき揚げ、シンプルに塩だけで味付けしたセンナリ(ハヤトウリ)のきんぴら、高菜の浅漬けの鰹節和え、手作りのニンジンドレッシングをかけたパパイヤサラダなどの野菜をふんだんに使った料理に、秋名集落産のスモモ煮と手作りのミキが添えられています。

島のカボチャ、トッツブル。意味は「10本の線が入った頭」

「今日のかき揚げにはめずらしい野草が入っているんです。」と森吉さんはグラスに入った植物を見せてくれました。
その野草はハマゴボウ(ハマボウフウ)。さわやかな苦味が、かき揚げのアクセントになっていました。
ほかに、トッツブルの名前の意味など、食材にまつわるお話をしてくれました。
お話を聞いたあとにいただくと、おいしさもひとしおです。

小さいころから家で食べていたような、“なつかしい”ごはん

森吉さんは、秋名集落で生まれ育ちました。
高校卒業後に島を離れるも、「自分が育った秋名集落で子育てがしたい」と2018年に家族でUターン。

5人のおばとの仕事は「毎日吸収だらけ。本当に面白いし、勉強でしかない」

「島の人が島の中で楽しめるようなお店ができたらなぁって。島の人でも秋名ってめったに通ることがないと思うので、もっと秋名を知ってもらって、秋名に寄ってくれるようになったらいいなぁって。そんな漠然としたビジョンでした。」

いつかは秋名集落でお店をやりたいと思っていた森吉さん。
秋名・幾里集落の活性化のために、集落の文化や暮らしぶりを体験する活動などを行っているE’more秋名の代表理事の村上裕希(むらかみ・ゆうき)さんと知り合い、別の仕事をしながら理事として活動に関わるようになりました。
そして、E’more秋名があらば食堂を含む「荒波のやどり」の運営を担うことになった2020年4月1日から、本格的にE’more秋名での仕事を始めます。

高菜はサンバラ(ザル)に入れて風に当てる。湿らせると塩がなじむそう

「食堂のメニューを決めるときは、おばたちと何度も話し合いや試作をしました。一番意識していることは、“旬なものを旬なうちに”。食べ物で四季を感じてほしいので、昔の人は何月頃に何を食べていたかを本で探したり、集落の人たちからリサーチしたりしました。」
そして、旬が詰まった「おっかんの旬替わり定食」が誕生します。

「すごく難しかったのは価格設定です。奄美で、ましてや田舎で1,200円という価格。料理を作っているおばたちからすると、家でも作れるものを1,200円でお出しするなんて!という感じでした。そこで、手ごろな価格設定のシマうどんをメニューにしました。シマうどんは昔から集落で冠婚葬祭の締めに食べられているうどんで、おつゆ少な目とか、平たい乾麺を使うとか、島ならでは食べ方にこだわっています。」

ランチでは、旬替わり定食とシマうどんのほか、鶏飯も提供。
「鶏飯もおばによって作り方が違って面白いです。この間、鶏肉の違いに気が付いた連泊のお客さまがいらっしゃいました。朝食に鶏飯をお出ししているんですが、1日目は細かめの裂き方、2日目は島の人が普段家で食べるようなちょっと太めの裂き方で。あぁ、違うね!って。島には美味しい鶏飯屋さんはいっぱいあるけれど、家ではあんなに上品に作らないので。外向けじゃなくて、家で食べるような、綺麗すぎないお料理。それが出せるのがうちの特権だなぁと思います。」

ランチと宿泊客の朝食に提供している鶏飯。少し太めの鶏肉がおいしい

あらば食堂が目指しているのは、島の人が普段家で食べるような、小さいころから家で食べていたような“なつかしい”ごはん。
「おじいちゃんおばあちゃん世代のお客さまから「はげっ(方言:うわー)!なつかしい」って言われたり、内地から帰省してきてる私と同世代の子たちが「超なつかしい!」って言っているのを聞いたりすると、よっしゃ!って心の中でガッツポーズします。」

みんなが喜んで、おいしく食べてくれたら嬉しい

この日のおばは、安木屋場(あんきゃば)集落にお住まいの広瀬次子(ひろせ・つぎこ)さん。
久場(くば)集落の出身で、結婚を機に安木場集落へ。
もともとは大島紬の機織りをしていたそうですが、お子さんの進学を機に外で働き始め、社会福祉施設や社会福祉協議会、役場などで勤めていました。

あらば食堂で働き始める前は「家でぶらぶらしていた」次子おば。ある日、E’more秋名の活動に関わっているおば2人がスカウトに来たそうです。

「来られたときはちょっと躊躇しましたね。もともと調理は好きだったけれど、この年になって他所のシマで働くなんて、と思って。でも、できるよって言われて、一応やってみようかなという感じで働き始めました。子どもたちに言ったら、母ちゃんがきついっち思わんで、楽しいっち思って行くんだったらいいよっち言うから。」

「もともと調理が好き」と言う次子おば。ダイコンの葉も無駄にしない

あらば食堂で働いてみてどうですか?と尋ねると、
「感謝感謝ですね。こんな年寄りに、自分たちの好きなように味付けをしていいって。もともと料理を作るのが好きだから。とにかく、みんなが喜んでおいしく食べてくれたら嬉しいですね。」と言います。

ちなみに、次子おばがスカウトされたのは、ある試食会に次子おばがアザミの煮物を差し入れしたことがきっかけだそう。
同じ荒波地区でも、秋名集落ではアザミを食べる習慣がなく、アザミを食べた秋名のおばたちが口々に絶賛。
「次子おばが来てくれたおかげで、新しい風がぶわっと吹いたんです。」と森吉さんは言います。

食堂で働くおば、地域の人に愛される場所

「この子たち(森吉さんと村上さん)がいるからできるのよ。この子たちがいつもありがとう、ありがとうって人に感謝の気持ちを表しているから。私はそれがとっても嬉しいです。」と言う次子おば。
森吉さんも、「私たちはおばたちがいるからできるんです。」と言います。

5人のおばと森吉さん。おばが全員揃うのは、年に10回ぐらいとか

私が取材にお邪魔した日、シフトに入っていないにも関わらず、顔を出しに来た2人のおばに会いました。
「勤務に入っていない日にも、お店のことを気にかけて顔を出してくれたり、差し入れをしてくれたり。初めての貸切や団体が入ったときに手伝いに来てくれたり。ここのお店は本当に地域さまさまですね。」と森吉さんは言います。

あらば食堂は、お客さまの7~8割が島の人だそう。
この日、私と同じ時間帯に食事をしていた3組も島の人たちでした。
食事以外にも、集落のおじがお弁当を買いに来たり、ふらっと顔を見せに来たり。
あらば食堂は、島の人、地域の人に愛されているなぁと感じます。

きっと今日もあらば食堂には、旬が詰まった“なつかしい”ごはんを食べて、「はげっ!なつかしい」と顔をほころばせる人たちがいることでしょう。

「荒波のやどり」。1階はあらば食堂と加工室、移住ガイドセンター。2階は宿泊施設になっている

あらば食堂
住所:〒894-0332 鹿児島県大島郡龍郷町幾里423番地
TEL:0997-58-8842
営業時間:ランチ11:30~14:00(L.O.13:30)/カフェ14:00~17:30(L.O.17:00)
定休日:水、木、年末年始
HP:https://yado.e-akina.com/shima-syoku/
Instagram:https://www.instagram.com/emore_akina/
YouTube:https://youtu.be/aqcJIqJEiQQ
※予約制ではありませんが、「予約をされた方が確実に召し上がっていただけます」とのこと。

山下久美子

大阪府出身。ダイビングインストラクターになる夢を抱き、2007年に奄美大島に移住。奄美大島は祖父の故郷で、自分の「田舎」だと思っている。本業は観光関連の仕事。仕事で様々な取材に協力するうちに、島を外からの目線で発信されることにもどかしさを感じ、ライターになることを決意。島在住者の目線と言葉で、島の魅力を丁寧に発信したい。旅とダイビング、美味しいもの、カラフルなものが好き。

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