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奄美大島で伝統的に行われてきた染色技法である「泥染め」。泥染めは大島紬の生地を織る絹糸を染めるために生まれた天然染色技術で、大島紬のつややかな黒色を染め上げるためには欠かせません。着物文化が薄れつつある現在、泥染めは絹糸の染色以外にも、天然染色ならではの色合いを活かした商品製作にも活用されるなど、様々な方面に広がりをみせています。

そんな先人の知恵の結晶とも言える泥染めについて、龍郷町(たつごうちょう)で泥染めを行う「金井(かない)工芸」の金井 志人(かない ゆきひと)さんにお話を伺いました。泥染めのルーツについてのお話では、カラフルな色彩のイメージがある南の島で、黒い大島紬の着物をわざわざ多くの工程を経てまで作られるようになったのはなぜなのか?など、泥染め誕生の謎についても興味深い意見が!先人から伝わる泥染めの技術や知恵、そして未来に泥染めの技術を活かす新しい商品や可能性についてご紹介します。

伝統染色技法「泥染め」の工程は?泥染めのルーツとは?


泥染めのルーツに迫る前に、泥染めとはどんなものなのかご紹介します。

泥染めは、シャリンバイ(島の言葉で「テーチ木」)という奄美大島で採れる木から煮出した染料を石灰で中和させて繊維を染め、さらに鉄分を多く含む奄美大島の泥で揉み込んでいきます。こうすることで、染料の中のタンニンという成分と泥の鉄分が化学反応して色素が定着するのです。

(左)シャリンバイから煮出して常温まで寝かせた染料
(中)シャリンバイの染料で染められた絹糸。この時点では赤茶色。
(右)絹糸を泥で揉み込んで染料を定着させている様子。化学反応によって黒っぽい色になる。


大島紬の絹糸を黒く染めるには、シャリンバイの染料で染めて泥で揉み込む工程を70〜80回程度繰り返すのだとか。このように膨大な工程を経て、大島紬のつややかな黒色や深みのあるブラウンといった豊かな風合いが生まれるのです。

泥染めの特徴は、奄美大島の自然の恵みをたっぷり活かした天然染色であること。奄美で採れるシャリンバイは強い紫外線や海風にさらされた厳しい環境で育つためタンニンが豊富で、濃く染まってくれます。また、染料を中和させるために現在は石灰を使っていますが、昔はサンゴの死骸を焼いて砕いたものを利用していました。そして染め終わったら澄んだ川で泥や染料を落とすなど、染色過程の至るところで奄美大島の自然が活かされています。

染色するために泥を使うというのは世界的にも珍しい技法ですが、そもそもどうやってこの染料と泥の化学反応が発見されたのでしょう?泥染めのルーツや奄美の泥の特徴も見ていきましょう。

泥染めのルーツとは?産業としての大島紬生産


泥染めはもともと、世界三大織物である大島紬を織る絹糸を染めるために生み出された染色技法です。「文献によると、大島紬は今から1300年以上前にはすでに献上されていたという記録があります」と金井さん。しかし、当時上納されていた着物は泥染めではない別の方法で染められていたそうで、少なくとも現在の大島紬とは異なるものでした。一説には、何らかの理由で大島紬を献上したくない人が泥田の中に隠し、後で引き上げた時に着物が染まっていたことが泥染めのルーツだとする説もあるそうです。

「でも僕は、個人的にはその説はちょっと出来すぎた話だと感じているんですよね。琉球時代には色んな染色技法が伝わっていたと思うので、職人たちは今ある技法の他にも染色方法があると気付いていたんじゃないでしょうか。その中でたまたま泥が跳ねたりして、奄美の泥には染色に役立つ効能があるということが偶発的に発見されたという可能性はあるなと。」

金井さんによると、黒は人工的な染料を使わずに天然染色だけで染めるのが難しい色だそう。当時貴重な色だった黒の着物を、あえて奄美にしかない泥やタンニン豊富なシャリンバイを使って生産することで希少性を高め、収益化・産業化を狙うために泥染めという技法が生み出されたのではないかと教えてくれました。

カラフルなイメージがある南の島で、黒い着物を作ったり着たりするのはなんだか不思議だなと思っていたのですが、謎が解けました。大島紬の生産を産業化するために、あえて黒を作る必要があったということなんですね!

奄美大島の泥はほかとどう違う?


泥染めが奄美大島でしかできないのは、泥に秘密があります。奄美大島の地下には約150万年前の地層が眠っており、長い時間かけて古代層の成分が分解されて溶け出た鉄分が泥に含まれているのです。

泥染めに使う泥はこの状態であることが必須ですが、奄美大島ならどこでもこの泥が手に入るわけではありません。奄美大島の中でも条件が揃った泥田が多くあるのが、島の北部。特に金井工芸がある龍郷町は昔から水が多い土地だったため泥田も多く、泥田の周辺に泥染めを行う工房がたくさん作られました。

奄美大島の土は赤土が多いなと思っていたのですが、これは水に含まれる鉄分が錆びて赤っぽい酸化鉄になっているからなんですね!ちなみに、酸化鉄になると水に溶けなくなるので、泥染めには使えないそうです。

奄美のシャリンバイだからこそ濃く染まる。入手が難しい現状も


泥染めの染料に使用するシャリンバイ自体は、奄美大島だけでなく本州や四国、九州の海辺などにも分布しています。その中でも特に奄美のシャリンバイは、島の強い日差しや潮風を受けて育つので、自分の身を守るためにタンニンを多く生成しています。そのタンニンによってより濃く染まるのが特徴だそうです。

染料にする際には一度に約600kgものシャリンバイを使います。木をチップ状に砕き、釜で煮出したものが染料となるのです。

「煮出した後のチップは最後まで再利用します。煮る工程でチップが濡れているのでしっかり乾燥させ、次回煮出す際の燃料にするんです。そこで発生した灰は、昔は『あくまき』という島の郷土菓子の材料にするために製菓業者さんが持っていくことも多かったそうです。シャリンバイ100%の灰なので、食用にも使いやすかったようですね。」と金井さん。染色の素材が燃料になるだけでなく、食べ物にも再利用されているとは驚きです!自然からいただいた素材を余すことなく活用しているのですね。

ところが、近年シャリンバイの入手は難しくなってきているとのこと。
「大島紬が盛んに生産されていた1970〜80年代にたくさん伐採され、その後植林も行っていますが、シャリンバイは成長が遅いのでなかなか採れる量が増えません。最近では奄美大島が世界自然遺産に指定されたことで木を切り出すことができないエリアが増え、さらに採りにくくなっているんです。」
現在はシャリンバイを切り出すところから職人さんたちが協力して行っているため、職人さんの負担が大きくなっているとのことでした。

大島紬だけじゃない!新しい泥染め商品と可能性


先人の発見や知恵の結晶と言える泥染めは、着物文化が薄れつつある現在、染色するものを絹糸だけでなく様々な日常のアイテムにも広げています。金井工芸内のギャラリーでは、泥染めやシャリンバイ染めだけでなく、藍染めや島の植物を使った草木染めなどを巧みに組み合わせて作られた、毎日の暮らしを鮮やかに彩ってくれるおしゃれなアイテムがずらり!
泥染めの技術を未来に繋いでいくアイディアの一部をご紹介します。


こちらは日常生活の中でも気軽に使える手ぬぐい。染料には藍やシャリンバイ、泥などを使い、注染(ちゅうせん)という手ぬぐいの染色技法で染められています。
「島でも祭りの時に手ぬぐいを使うけれど、島の手ぬぐいってないよな」という金井さんのアイディアで誕生したそうです。大島紬をモチーフにした柄と、優しい天然染料の色合いがおしゃれですよね。他にも洋服や手提げバッグ、風呂敷、鍋つかみなど、見ているだけで楽しい気分にさせてくれる色のアイテムが並んでいます。

こんなのもあるんだ!と驚いたのが、わらを染めて作られたしめ縄。

奄美でも正月飾りとして飾る家庭が多いのですが、島の自然から抽出した色で染めたしめ縄なら、島らしさをもっと楽しめますよね。他にも和紙を染めて額に入れて気軽に飾れるようにしたものもあり、金井さん自身は髪を染料で染めるなど、天然の染料や泥を使った様々な染めのアイディアが広がっています。

金井さんは、大島紬だけでなく、日常的によく使うものにこそ島の色を落とし込みたいと話してくれました。
「天然染色は、島の自然を色に落とし込んだもの。島の染料で染めることで『島っぽいもの』ができると思うんです。紬のような特定の日にだけ使う嗜好品だけではなく、みんなが日々使うものにも落とし込んで、染めが日常に入っていければいいなと。島の色に日常的に触れてもらい、その良さを感じてもらえたらと思います。」

「染めるというよりも、染めさせてもらっているという感覚」と話す金井さん。島の自然の恵みをたっぷり活かして行われる「泥染め」は、自然のサイクルの中に身を置きながら行う丁寧な手仕事です。金井工芸ではギャラリーでの販売だけでなく、予約をすれば泥染め体験も可能。奄美の歴史と文化、そして自然を感じに訪れてみてはいかがでしょうか。

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金井工芸
所在地:鹿児島県大島郡龍郷町戸口2205-1
TEL:0997-62-3428
HP:http://www.kanaikougei.com/
泥染め・藍染め体験:3,000円/1日(要予約)

藤原 志帆

大阪出身、26歳で奄美大島へIターン。大学在学中はチリ、スペイン、アメリカに留学し、中南米の6カ国28都市をバックパッカーとして周遊。その後新卒で不動産広告のITベンチャー企業に就職し、トップセールスを獲得する。美しい海に憧れて奄美大島に移住してからは、フリーライター、アフリカンダンサー、ブロガー、通訳士(スペイン語・英語)、予備校、島料理屋など多方面で活動。地酒の黒糖焼酎が大のお気に入り。 奄美大島観光・生活情報ブログ「奄美大島に行こう」を運営。

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