しまのま
生活と文化とわたし

2023年8月現在、毎日ごみ拾いを続けて1130日ほど。そんなすごい記録を日々更新し続けている人がいる。

石垣島で、2020年7月1日から3年、毎日ゴミ拾いをしているのは、田中秀典(ひでのり)さん。海や街でゴミ拾いをすることを“アースクリーン”と呼び、今では、ゴミ拾いを仕事にまでしてしまっている。


無理をしたら続かないから、拾う量は毎日ゴミ袋ひとつ分。できる範囲で、かならず海岸に行くわけでなく、雨だったら家の近所でタバコの吸い殻拾いをしたり。内地に行った時にも日課は変わらない。

島の人たちからヒデさんと呼ばれ、いつも満開の笑顔で楽しそうに活動している田中さん。愛知県出身で、内地でITエンジニアとして働いていたけれど、もともと好きで通っていた石垣島へ2019年に移住。モズクを養殖、販売する仕事を始め、自分自身も大好きなモズクを多くの人に食べてもらいたいと飲食店をオープンさせた。だけれど、ここ30年でいちばんのモズクの不作、それから、新型コロナの流行のダブルパンチで立ち行かなくなった。それと同時に、海に潜る仕事をするなかで海洋ゴミの問題に直面することにもなっていた。

「現代を生きる人たちは、毎週カード1枚分のプラスチックを食べている」

どうしていこうかと考えていた時に、島の高校生たちがゴミ問題に関して取り組んでいることの話を聞く機会があった。その話のなかで、「現代を生きる人たちは、毎週カード1枚分のプラスチックを食べている」という一節があり、まじで!と衝撃を受けた。調べたら本当だった。

海や浜で太陽光にさらされたプラゴミが劣化し、拾うこともできないほど小さくなったマイクロプラスチック。海へ流れ出たものを魚が食べ、さらにその魚を食べた私たち人間がプラスチックも摂取してしまっているのが現状。その有害物質は生態系にも大きな影響を与えている。

それを知ったあたりから、環境に関することを仕事にできないかと考えるようになり、自分の気持ちを確かめるために「100日間ビーチクリーンを継続してみよう」と決めたのだそう。始めて1ヶ月ほど経ったら楽しくなってきて、100日はすぐだったという。


私たちが暮らす島々には、たくさんのゴミが流れ着いている。石垣市環境課によると、石垣島に漂着するゴミは年間50トン。圧倒的に多いのがペットボトルや漁具だけれど、あらゆるものが海岸に漂着していて、冷蔵庫などの家電といった大物まである。以前から、いくつものグループや個人がビーチクリーンを行っているけれど、とても拾いきれる量ではない。
そして同時に、日本から流出してしまったゴミは、ハワイや南太平洋の島々などに漂着している。

ペットボトル1万本が簡単に集まる

ビーチクリーンはそのまま日課として続き、もうすぐ300日というところで、ペットボトルだけを1万本拾ってみようというビーチクリーンを仲間たちとやってみた。15人くらいで30分ほどで集まってしまった。インパクトの強いその写真はSNSであっという間に広まり、反響も大きかった。


第2回には70人ほどが参加。私もその時に参加し、それからちょこちょこ一緒に行かせてもらっている。その頃のヒデさんはまだ、ひとりで海へ行っている日の方が多かった。けれど、700日か800日くらい経ったあたりだろうか、さまざまな取り組みを行っている島内外の人、石垣を訪れた内地の企業の人たちなど、いろいろな分野の人がひでさんの日課、アースクリーンに関心を持ち、誰かしらを案内しながら行くことが増えてきたように思う。そこから実際生まれたコラボ事業がたくさんある。

それから、アースクリーンは定期的にイベントとしてを行い、毎回多くの人が参加している。ひでさん企画のアースクリーンでは、拾い始める前に必ずラジオ体操を行う。拾ったゴミを選別する時も、ゴミを運び出す時もバケツリレーでみんなで声をかけあったり、終始笑い声が絶えない。


私も参加するたびにいつもとても楽しいし、その場所もきれいになり、気持ちもすっきり晴れやかになっていいことだらけ。そして、何かサポートしたいという人たちが、たくさんの差し入れを持ってきて、参加したみんなに振る舞ってくれたりもする。

ヒデさんと、アースクリーン後にいなり寿司などを振る舞ってくれた、石垣 鮨 北倉の北倉久義さん。


今では、アースクリーンをツアーとして行っていて、旅行で石垣を訪れた人も、ヒデさんのアテンドでアースクリーンに行くことができる。きれいな朝焼けが見られる時間に設定し、ヨガマットをしいて、朝になる静かできれいな時間と島の自然を味わってからスタートする。

そして今、イベントとしていちばん大きく行っているのが『石垣ハロウィン』。自分で拾い集めた海洋ゴミをつかってハロウィンの衣装をつくり、パレードなどをするイベント。


3回目となる、2022年の石垣ハロウィンでは、宮古島やカリフォルニアなど5地域での同時開催が実現し、今年はさらに多くの地域との同時開催を計画している。

拾った海洋ゴミを原料に、さまざまなグッズをつくり現状を知ってもらう

2022年から、『OCEAN PLASTIC™』という名称で、拾った海洋プラスチックを原料とし、アップサイクルしてグッズを展開するブランドも手がけている。


そのグッズのひとつ、フィッシュフックは、ペットボトルのふたを粉砕して溶かし、型にはめて、釣り針のような形がかたどられたペンダントトップ(写真中央)。
ハワイで、貝などでつくられるお守りとして「幸せを釣り上げる、つかんだ幸せを離さない」などの意味が込められているもの。それをかたどった、マーブル模様がひとつひとつ違うフィッシュフックや、同じようにつくられれるキーホルダー、ソープディッシュなどは、石垣島内のお土産物屋さんなどで販売されている。

また、愛知県のライフスタイル提案商社、豊島の取り組みで、石垣市から買い取ってくれた漂着ペットボトルも原料にしたものが、Tシャツ、バッグ、ポーチなどにアップサイクルされ、大手のアウトドアショップやリゾートホテルなどで売られている。豊島と石垣市とのパイプ役を担ったのもヒデさんだ。

SNSなどで情報発信することと同じように、流通したグッズを通して、現状を知ってもらうことも大事だと考えている。

それから、石垣島トライアスロンのオフィシャルグッズとしてOCEAN PLASTIC™がグッズ制作をしたり、本土の高校の、八重山への修学旅行中のプログラムとしてアースクリーンを行い、島内でのプラゼロ旅行を実現させたことも。ゴミというひとつのテーマで、とてもマルチに、精力的に活動している。

「拾っているのは過去の豊かさ」

ひとりで静かに始め地道に続けてきたことが、共感する人を呼び、さらに、コラボを希望する団体や企業が増え、今では大きなムーブメントとなっている。「拾っているのは過去の豊かさ」と掲げ、物質的な豊かさの過去に感謝し、未来を考えていく。

地球温暖化などの環境問題、社会課題は山ほどある。自分はゴミ拾いというアクションをとっているけれど、地味にこれだけやっていても、いま起こっている地球の変化には到底追いつけない。


ヒデさんは「小さな小さな波紋かもしれないけど、自分ができることを精一杯していきたい」と話す。

そんななか、今年6月には、市民憲章運動の普及、啓発、発展に貢献したとして、石垣市市民憲章協議会より表彰されたヒデさん。小さな波が、確実に人の心を動かす力があるということの見本を見せてくれている。

ほんの数年前までは、自分たちの生活と環境問題がこんなにも直結しているとは思ってもいなかったという。豊かな山と川、そして海に囲まれ、この島の自然の恩恵を受けて生きている私たち。ここで暮らすからこそ見えたことがたくさんある。

2050年には、海の生物より、海を漂うゴミの量のほうが多くなるともいわれている。さまざまな環境問題は待ったなしの状況。

いまある自然が何世代も先まで、そしてその先もずっと続くように、住まわせてもらっているこの島から、同じ想いを持つ人たちと楽しみながら発信していく。

ヒデさん
Instagram:https://www.instagram.com/hide26.jomon/

OCEAN PLASTIC™
HP:https://oceanplastic.jp/

縄文企画 サンライズアースクリーンツアー
HP:https://jomontours.com/

笹本真純

編集者、ライター。茨城県出身。東京でのティーン誌編集を経て、2008年に石垣島に移住。八重山のローカル誌「月刊やいま」の編集を11年間務め、島々の人の暮らしを取材する。2019年よりフリーランスで活動中。

執筆記事一覧