「この『舟焼き(ふなやき)』って、なんですか?」
「あー、それはね、餅の粉と黒糖を使ったお菓子で、昔は各家庭で作っていたのよ。切り口が奄美の舟の形に似ているから、この名前になったらしいわよ。似てるかしらね、あははは。」
お店で買い物をしていると、観光客らしき方と店員の方の会話が聞こえてきた。
地場産にこだわる「味の郷かさり」
ここは奄美大島の玄関口である奄美空港から車で5分。中心街の名瀬に向かう県道82号線沿いにある「味の郷かさり」。
地元の新鮮な野菜や果物が豊富に揃っているので、私は週に2回は買い物に来る。私は奄美に住んで10年ほどになるが、その間ずっとお世話になっているお店だ。
店内には、ずらりと季節の野菜や果物がならんでいる。置いてある商品はすべて島の農家からの委託商品だ。納入する農家さんはどのように決めているのだろう?
「ここは、野菜1個からでも、置きたいという人ならみんなOKなの。ただし、島で作っている人だけね。」
「奄美大島産」であることは絶対に譲れない。隣の喜界島産でもダメなのだ。
1個からでも商品を置けるというのは画期的だ。どのようにしてこのシステムがスタートしたのか、代表の吉田茂子(よしだ しげこ)さんに聞いてみた。
生活研究グループの「もったいない」から始まった
「味の郷かさり」を運営するのは、女性メンバー15人全員が出資して作った女性起業グループだ。
空港の近くでお土産を買えるお店がなかったため、奄美の伝統菓子を買えるお店を作りたいという思いから、メンバーで製造販売する店を平成14年(2002年)に始めた。
「最初は、生活研究グループでお菓子づくりとかをしていたの。笠利町の和野に場所を借りることになって、そのすぐ前に畑があったのだけど、キャベツを作っている農家の方が、もう市場には出すのは終了だからって畑に捨てていたのね。それを見て、もったいないからメンバーで近隣の農家さんの野菜を売る場所を作ろうってなったわけ。」
農家の方が手間ひまかけて作った野菜を無駄にしたくない。このように、もったいないという想いから「味の郷かさり」は誕生した。
「このあたりは大規模農家というのは無くて、自分の家で食べる分を作って、残りは近所におすそ分けというところが多かったの。」
確かに、奄美にに暮らしていると島のおすそ分け文化を感じる。冬にはあちこちから大根が、夏にはシブリ(冬瓜 とうがん)が玄関先に届く。とても素敵な文化だ。
しかし、おすそ分けでは人にあげることのできる数は限られている。知り合い以外の人には届ける手段がなく、努力して作った新鮮な野菜がそのまま捨てれられていく。
「野菜を売る場所を作ることで、少しでも作っている人の現金収入を増やすことができれば、次の世代にも農業にたずさわる人たちが増えてくれるでしょ。地元の新鮮な野菜を食べることで豊かな食文化が引き継がれればいいなと思うのよね。」
明るく楽しい口調ながらも、農業の担い手や食文化の継承について真剣に考えている吉田さんの、こうありたいという想いが伝わってくる。
最初はなかなか集まらなかった野菜だが、メンバーが近隣の農家を周って参加を募り、少しずつ増えていった。今ではワンシーズンに45軒ほどの農家が納入に来る。年間にすると170軒にもなるらしい。
島の野菜や料理を紹介する「つなぎ役」
「味の郷かさり」では、メンバーが裏のキッチンで手作りした、古くから島の家庭に伝わるお菓子、ミキや味噌などを販売している。
「基本的に島内産の物を置くようにしていて、島に古くから家庭に伝わる伝統菓子を中心に提供しているの。昔はみんな家で作っていたけれど、今は特に若い人はなかなか作らないからね。でも自分じゃ作れないけど、島の伝統的な食べ物を好きな方が大勢いるようで、とっても人気があるのよ。」
そんな昔ながらの島の料理を、「食の伝承講座」として作り方も教えている。コロナ禍で最近は開催できていないが、毎回大人気の講座だ。
「自分で作ることで、味も分かるし、作り方も引き継がれていく。地域の方やこどもたちにも教えていますよ。」
地元の子どもたちも、島の野菜のことを知るために「味の郷かさり」にやってくる。
「先日も、この近くの大島北高校の生徒さんたちが、島の野菜をもっと食べるにはどうしたらいいかと、店にやってきて考えていました。その結果、地元の小中学校の給食に取り入れようと、給食センターの方たちとレシピを考え、実際に給食で出していたんですよ。」
時にはそんな子どもたちから教わることもある。
「生徒に『佐仁(さに)にんじん』という佐仁集落特有のにんじんのことを聞かれて、私も初めて知りました。奄美は集落によって風習も違うし、使う言葉も違うことも。奄美で生まれて育っているけれど、まだまだ知らないことがあって、面白いです。」
台風のときはまさに島民の救世主
奄美大島は離島なので、島内のスーパーなどに置いてある商品はほとんど島外から船で運ばれたものだ。そのため、台風などで海が荒れると船が欠航し、店内の商品が売り切れて生鮮食料品がなくなってしまう。
そんなときにも、地場産の野菜は収穫さえできればいつでも新鮮なものを買うことができる。「味の郷かさり」は台風時の救世主でもある。
旅先での食材探しも旅の楽しみ
最近は、一棟貸しの宿に長期で滞在する旅行客も増え、自炊用に野菜や果物を買い求める人が増えてきた。お土産として旅の最後に買って飛行機に乗る人もいる。
島にしかない野菜も多いので、お店のメンバーは「どうやって食べたらいいですか?」とよく聞かれるそうだ。
島の野菜は内地(本土)と同じ種類の野菜でも、味や食感が少し違うものも多い。例えば島の大根は、内地の三浦大根などと比べると、蕪に近い食感だ。
ぜひそういった野菜の違いも楽しんで欲しい。
また、少量多品種栽培の農家の珍しい作物に出会えることも「味の郷かさり」の楽しみの一つだ。ロマネスコ(カリフラワーの一種)や白いナス、オカワカメ、スターフルーツ、アテモヤ(南国のフルーツ)、紫大根といった珍しい野菜が置かれていることもある。
吉田さんは、店に置いてあるものは、一通り食べてみているそうだ。
「食べてみないと、紹介できないしね。」そう言って、吉田さんは明るく笑った。
土地土地の産直市場で季節の産物を見て、買って、食べることは旅の楽しみだ。そうした時に「味の郷かさり」のような「つなぎ役」の存在も欠かせない。
奄美にお越しの際には、是非立ち寄って、お店の方と話をしてみて欲しい。きっと、島とあなたをつないでくれるはずだ。
ひと・もの交流プラザ「味の郷かさり」
住所:奄美市笠利町節田1717-1
営業時間:8:30 – 18:00
TEL:0997-63-0771