鹿児島の夏の風物詩のひとつ「そうめん流し」。そうめん流しとは、ドーナツ型のそうめん流し器で人工的に水流をつくり出して、そうめんを流して食べることである。鹿児島には、そうめん流しが楽しめるスポットが各地にあり、県民はそのスポット自体を「そうめん流し」と呼び、夏になると家族や友人、恋人と出かけるのだ。ちなみに、県民の前でうっかり「流しそうめん」と表現すると、「流しそうめんじゃなくて、“そうめん流し”だよ」と指摘される可能性が高いのでご注意を。それほどまでに県民に愛されているのが、そうめん流しなのだ。
今回は数あるそうめん流しから、鹿児島市内にあって住宅街からほど近い「慈眼寺そうめん流し」に足を運んだ。昭和40年に開業した歴史ある、そうめん流しだ。
8月某日、駐車場に車を止め、木々のなかを歩いて向かう。この日はとても暑い日だったが、ずいぶんと涼しく感じられた。多くのそうめん流しは川沿いにあるが、慈眼寺そうめん流しにも例外ではない。川では食事を済ませたと思われる子どもたちが、石をつたって遊んでいた。
メニューを見て、窓口で先に注文と支払いをする。そうめん流しでは、そうめんがメインだが、マスの塩焼きや鯉こく(鯉のお刺身)も定番である。
コロナ禍であることやランチタイムを過ぎていたこともあり、人もまばらであったが、それでも客層は老若男女、どの層もまんべんなくいた。そうめん流しが不思議なのは、県民にとって当たり前でありながら、どこか非日常感があること。
席に座っていると店員さんがざるに盛られたそうめんやおにぎり、お味噌汁、漬物などを運んできてくれる。ざるは、そうめん流し器の上にあるフックにかけてくれた。こちらに勤めて12年目という店員の本村さんが「これは囲炉裏の名残りで、材鍵と言います」と教えてくださる。そうして、いよいよそうめん流し開始!
ざるからそうめんを流し器に入れて、水に流れるそうめんを箸でつかんで食べる。箸を水に浸していると、流れてきたそうめんが絡みついてすぐにつかめる。それを麵つゆにつけてツルっといただく。子どもたちと一緒だと、そうめんのつかみ合いになってかなり盛り上がるが、今回はひとりだったため落ち着いて味わう。
食事中も近くの川の流れる音、虫の声、木々が揺れる音が聞こえる。自然のなかで人工的にくるくると回るそうめんと、相反する状況がどこかおかしくも感じられた。席に座っているとどこを見ても水が目に映り、ずいぶんと涼やかな気持ちになる。そうめんは、熟成された三年物の揖保乃糸。コシが強く口当たりはなめらかで、味わい深くツルツルと食べていたら、あっという間に一人前を完食してしまう。
慈眼寺そうめん流しは赤いそうめん流し器が特徴で、中央にある山は桜島、まわりに流れるのは錦江湾のイメージだそう。流れるそうめんは、下部から山に吸い上げられ、山頂から麵が出てくるのだが、これは噴煙をイメージしたものだとか。この「噴流式のそうめん流し器を採用しているのは、数あるそうめん流しのなかでも慈眼寺そうめん流しだけなんですよ」と本村さん。さらに、そうめんをクルクルさせるのに使用されている水は、地下水をくみ上げたものを使っている。
鹿児島では甘露しょう油がしょう油の王道であるように、麺つゆも甘みが強い。お出汁が効いた甘みのある麵つゆは、手づくりだそう。そして、薬味はわさびと小ネギ。鹿児島のそうめんの薬味と言えば、わさびである。そうめんの薬味が地方によって異なることは、鹿児島で暮らし始めてから知ったことだ。私は静岡出身だが、実家のそうめんの薬味はすりおろしたしょうがであったため、鹿児島出身の夫がそうめんにわさびを添えたときにはとても驚いた。今回、あらためて鹿児島の友人たちに尋ねてみたところ、家庭のそうめんでもやはり基本はわさびで、その日によってほかの薬味を用意することもある、という声が多かった。こうなったら他県のそうめんの薬味についても、知りたくなってくるから食文化はおもしろい。
そうめん流しと言えば夏のイメージだが、慈眼寺そうめん流しは、例年3月のお彼岸の日曜日から10月末まで営業している。今は県外を行き来することが難しいが、ぜひ自由に往来できるようになったら県外の方にも鹿児島の食文化であり、ソウルフードであるそうめん流しを体験していただきたい。
慈眼寺そうめん流し情報
谷山観光協会直営 慈眼寺そうめん流し
鹿児島市下福元町3785-1(慈眼寺公園内)
TEL 099-268-2504
営業時間 10:00~18:00
(通常7・8月は19:30、10月は17:00まで)
期間 3月中旬~10月末まで
※新型コロナウイルス感染症対策につき、現在は18:00までの営業。状況によりさらに変更の可能性があるため要確認。