しまのま
生活と文化とわたし

鹿児島の11月は、冊子を片手に街を歩く人が目立つ。この人たちのお目当ては、「ash Design & Craft Fair」。2008年にスタートしたデザイン・クラフトフェアは、「ash(アッシュ)」と呼ばれ、毎年鹿児島の秋の恒例イベントとして親しまれている。ashでは街の雑貨店やカフェ、花屋などのさまざまな店舗が会場となり、彫刻家や陶芸家、イラストレーターなど多種多様なジャンルの作家が展示や販売を行う。14回目の開催となる今年は、83組もの作家が参加し、57カ所の会場が舞台となる。

昨年13回目のashの様子。「Open MUJI」では世界中の工芸と文化を紹介する雑誌『Subsequence Magazine』などを展示した。(画像提供/OWL馬場さん)

「口コミを可視化したのがash」

「好きなお店があったり、好きな作家さんがいたりする人は少なくないと思うのですが、人を介して知って好きになることってありますよね。人と人との出会いから好きなものに出合う、とか。そういう口コミのようなものを、カタログやウェブなどで可視化したのがashですね」と話すのは、ash Design & Craft Fair 2021の実行委員会・柳田圭介さん。柳田さんご自身も民藝品をはじめ、手仕事から生まれた生活道具などを取り扱う店「OGINNA(オジーナ)」の店主だ。

ashの実行委員長は“ゆるやか”に3年任期となっている。柳田さんは今回が1年目。「当初は作家さんが委員長をしていたのですが、そうすると自身の作品づくりの時間が取れなくなって、翌年には作家としてashの参加するのが難しくなる。そうした流れから、店舗側から委員長を、ということになりました」と柳田さん。とはいえ、これまで委員長を務めた作家たちは、いずれも作品が高い評価を受け、いまでは全国的に名の知れたクラフトマンになっている。

つくり手の想いを感じながら、ものを選ぶ楽しみ

広報を担当している黒瀬優佳さんによると、ashは単なるクラフトフェアという枠を超えたイベントに育っているのではと話す。「一般的に“作家もの”は高いというイメージがあると思うんです。ですが、実際にお客様が作り手の想いを感じながら物を選んだり買ったりできるのは、物に対する意識が高まるのではと思います。個人的にもash期間中は、毎年お財布の紐がゆるくなりがちですね(笑)」(黒瀬さん)。

昨年のashより、「MIZUYA kitchen」at CLASKA Gallery&Shop”DO”。(画像提供/sail中村さん)

ashがashである所以は、街めぐりにつながるスタンプラリーにある。店舗などに置かれている無料のashの冊子に各店舗でスタンプを押してもらい、5つスタンプを集めたら参加作家の作品プレゼントに応募できる、という仕組みだ。「プレゼント用の作品は、作家さんがご厚意で提供してくださっているんです。今年は44点もの作品が集まりました。ありがたいですね」と黒瀬さん。

作家は「素敵な出会いがあるから参加する」

2017年に鹿児島の工務店から独立し、以来、毎年ashに参加しているsail(セイル)の中村圭吾さんは、「ashは一年の振り返りの場であり、これからの一年を考えるきっかけ」と言う。当初ashに参加したときは展示する作品がなく、「自分で手がけた自宅をオープンハウスにしました」と中村さん。それからashは中村さんにとって人との出会い、自己紹介の場となり、作品を気に入ったお客様から複合施設の改修事や、住宅の設計などを受注した。神奈川在住となってからもashに参加するのは、「必ず素敵な出会いがあるから」と中村さん。

2017年に中村さんのashの会場となった「中央町の家」。(画像提供/中村さん)

中村さんは今年、明治2年創業の亀﨑染工で展示をする。「今回は亀﨑染工さんをみなさんにご紹介したい、という気持ちなんです。染物は実はどうつくられているか、知っているようで知らない。まずは工場見学をしていただいたり、工場で出た端切れを活かした小物づくりやワークショップをしたりします。屋外什器の展示もしますが、あくまでもプロトタイプ。ashで2~3年かけて亀﨑染工さんの技術発信のサポートをしたいと思っています」と中村さんは語る。

昨年のashで展示した中村さんの作品「Bamboo drawer BOX TYPE」。

新たな作品を発表する場としてのash

アンティーク紙の箱に魅了されたことで、自分でも箱づくりを始めた川井田健晃さんは、2015年より本格的にashに参加している。「2014年は高校の同級生の陶芸家の手伝いとして参加して、翌年から個人として参加するようになりました」と川井田さん。ashの魅力を尋ねると、「作家さんがたくさん参加しているので、最初の入り口が入りやすいのがいいですね。作品をつくり始めた当初は、自分の作品がお金をいただくのに値するか気負いしていましたが、ashがきっかけでそれをクリアできました。それに、ashを通して人に作品を見ていただいた経験は、結果がどうあれ前向きに次の行動の後押しをしてくれると思うんです」。

土を左官の要領でキャンバスにして墨で描いた、川井田さんの新しい作品。(画像提供/川井田さん)

川井田さんはペーパークラフターとしてのみならず、自身の幅広い興味や好奇心に導かれた新たな作品づくりに取り組む。「いま作品のモチーフにしているのは“線”なんです。“—”に傘をつけたら“→(やじるし)”になって途端に意味をもつ。例えば、○を描いたら太陽に見えるとか。けれど“線は概念でしかない”と気づいたときにすごいな、と思って。今年の展示では、その雰囲気が少しでも伝わればいいなと思っています」と川井田さん。今回は、実行委員長の柳田さんの店・OGINNAで紙や布などの素材を使い、型染めや彫刻などのさまざまな表現を展示する。

川井田さんの「線」をモチーフにした型染絵の作品。キャンバスは土でつくられ、柿渋で仕上げている。(画像提供/川井田さん)

作家にとってashは「夏休みの宿題」

地方で個人が店を営み続けることは、容易いことではない。前実行委員長で雑貨店「OWL(オウル)」の店主・馬場拓見さんは、「本来11月はお店にお客様が少ない時期で、個人で運営している人の心が折れがちなときなんです。ですが、ashがあることでお店同士の横のつながりができたり、ほかのお店のお客様が足を運んでくださったりするのは参加店にとって大きな参加理由になります。これまでお店を始めたばかりの方から、“ashに救われたよ”という言葉をいただいたことも」と話す。一方、前実行委員長として3年間経験してみて思うことは、作家にとってashは“夏休みの宿題みたいなもの”と言う。

OWLのおすすめ品などをディスプレイするショーケース。ashで知り合った作家にオーダーしたもの。(画像提供/馬場さん)

「ashは作品を観る人へのプレゼンテーションの場でもあると思うんです。作家さんがこの一年のがんばりを見せる場というか。だから毎年参加している作家さんは、ashに参加することを前提に作品をつくったり、作品づくり自体にエンジンがかかったり、一年に一回の夏休みの宿題のように感じます」と馬場さん。さらに、「ashを目標に作品づくりをしていると表現に負荷がかかるので、作家さんの作品がどんどんよくなる。だから作家さんによっては、その後、全国を舞台に活躍している人もいますね」とのことだ。

染めによる抽象画”Abstract Natural Dyeing”は、奄美大島の染色家・YUKIHITO KANAIさんとの取り組み。ash09(2016年)から2年かけて作品の方向性などを定め、その後、展示は全国4カ所を巡回。(画像提供/馬場さん)

今年のashは、鹿児島本土以外にも離島や宮崎からの参加もあり、名実ともに「南九州最大のクラフトフェア」になっている。そして、今回から新しくマイクロツーリズムの取り組みとして会期中、SNSに【#ash_2021】と【#ash_2021_travel】のふたつのハッシュタグをつけて投稿すると、魅力的な投稿をした人から抽選で3名にベア宿泊券、もしくはお食事券が当たる。また、どんな道でも快適に走行でき、街めぐりがもっと楽しくなるe-bike「Musashi Velo CS01」のレンタサイクルもスタート。

最後に、馬場さんはashの本当のおもしろさをこう語る。「僕らにとってashは会期が終わってからが、本当のashだと思ってるんです。“○○さんの展示がよかった”とか、“次回は○○さんと一緒にこういうことができる”とか。人や場所とつながる楽しさや、新しい出会い、結果という芽が出たり、実りがあったり。それがashなんです」。

「ash Design & Craft Fair 2021」は、12月5日(日)まで開催。さあ、町へ出かけよう!

▼ash Design & Craft Fair 2021
期間 2021年11月20日(土)~12月5日(日)
会場 鹿児島・宮崎の54店舗
HP https://ash-design-craft.com/14/
Instagram https://www.instagram.com/ash_designcraft/
※各参加店や作家、ワークショップ、イベント情報については、ウェブサイトやSNSをご確認ください。

やました よしみ

編集・ライター。鹿児島市在住。静岡県浜松市出身。大学卒業後、都内の出版社、編集プロダクション勤務を経て、2011年、夫の故郷である鹿児島へ移住。2012年よりフリーランスとして活動している。得意分野は食と暮らし、アート。“デザインとアートと食”をかたちにするクリエイティブユニットのメンバーとしても活動中。

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