しまのま
生活と文化とわたし

心と身体をゆるめる。屋久島の秘湯をめぐる旅。

東シナ海に浮かぶ自然豊かな島、『屋久島』。
日本で初めて世界自然遺産に登録され、年間を通して国内外から沢山の観光客が訪れている。

山や森などのイメージが強い屋久島だが、今回は、癒しとコミュニティの場として大切な存在である島の”温泉”をいくつか紹介したい。

日本の原風景ここにあり。49度の熱いお湯で身体も心もすべすべに。《尾之間区 尾之間温泉》

屋久島の古い民話を集めた「屋久島の民話(下野敏見著)」の中にも登場する’’尾之間温泉”。モッチョム岳の麓に位置するこの場所で、鹿が、湧き出る水で傷を癒していたのを猟師がみつけたという開湯伝説がある。

開けっ放しの玄関には草履やビーチサンダルが並び、思わず「ただいま」と入って行きたくなるような鄙びた木造の温泉。毎日どこからともなく老若男女が集まる。

風呂屋の番台ほど、日本の原風景を残す場所があるだろうか。ここ尾之間温泉の番台には、しっかりと古き良き時代の原風景が残っている。テレビを見ながら座っている番台さんと、寝そべる猫。今ではもうすっかり貴重な光景になってしまった。

ガラガラと引き戸を開け浴場に入ると、ばしゃん、ばしゃんと掛け湯の音が響く。浴槽のふちに地元のおばちゃん達が並び、頭から勢いよくお湯をかぶっている。実は、この温泉の温度は49度とかなり熱い。よく見ると、小石が敷き詰められた浴槽の中から、ゴポゴポと源泉が吹き出している。そんな熱さをモノともせず、首まで浸かって世間話をしている島のおばちゃん達の姿に、逞しくもおおらかな南国女性の気概さえ感じた。

おばちゃん達を真似て、浴槽に足をつけてみると、息するのも憚られるほどの熱さ。なんとか「ふぅー」と息を吐きながら、おそるおそる首まで浸かってみた。目を瞑り、無心でひたすら吸っては吐くを繰り返していると、身体と心に凝り固まっていたものが、スッと抜けていくような気がした。

それにしても熱い。すっかりのぼせてしまった身体を冷ますため、脱衣所で一日中強風を回し続ける扇風機の前に立ち風に当たっていると、帰り支度をしているさっきのおばちゃん達が話しかけてくれた。

「あんたも尾之間に住まんね。毎日ぬっか(熱い)湯に入れて、肌もすべすべになるよ」

そう笑いながら、おばちゃん達は「また明日ね〜」と帰って行った。尾之間温泉は、尾之間集落と隣の小島集落の住民のみ温泉代が無料になるため、家の風呂代わりに通えるのは、この2集落の特権なのだ。

玄関の横には、登山から下りてきた観光客のための”足湯”が設けられている。

さらに横には、真っ赤な鳥居があり、奥に小さな祠が見える。

尾之間温泉(屋久島町ホームページ)

泉質 単純硫黄泉
効能 リュウマチ、神経痛、婦人病等
源泉 約49℃
入浴時間 7~21時(月曜日12時~21時)
【定休日:月曜日の午前中】
入浴料金 大人 300円
小人 150円
70歳以上の町民 200円
尾之間区民と小島区民 無料
*外の足湯は志
アクセス 宮之浦港からバスで60分ほど

近くに迫る波の音を聞きながら、圧倒的な浄化力を感じる。《平内区 平内海中温泉》

ジリジリと灼きつける太陽の下、海岸のすぐそばでは、岩をくり抜いた浴槽でくつろぐ裸の人々が見える。まるで日本ではないどこか別の国にいるような解放的な雰囲気だ。

ここは平内区にある平内海中温泉。文字通り海の中にある温泉なのだ。海岸の岩場から源泉が出ているため、潮が満ちると海の中に消えてしまう。
そんなわけで、干潮の前後2時間だけ入浴することができる貴重な温泉なのだが、昼の干潮時は、顔馴染みの地元人が多い。

まず入り口で入場料を支払い、平内区が無料で貸し出している洗面桶を片手に、浴場のある海岸に向かって歩いて行く。

さて、ここで気をつけなくてはならないのは、「こんにちは」などの挨拶を忘れてはいけないこと。ここは、観光名所ではなく、あくまでも集落の人々のための温泉なのだ。新参はその土地の流儀に習うのが賢明。そうすると古参も心を開き、ときに貴重な話を聞くことができる。

夜の干潮時は、昼間とは違い人影少なく静かな空間。暗闇の中にほのかな硫黄の匂いがたちこめ、冬になると白い湯気が浮かび上がる。

なんて気持ちいいのだろう。薄っすらと浮き上がる山々の稜線を背後に、ゆっくりお湯に浸かる至極のひととき。特に、空気の澄んだ月の無い夜に広がる満天の星空は圧巻。流れ星が縦横無尽に交差している。

ゴツゴツした岩に、波が当たり砕ける音を聞きながら、じっくりお湯につかっていると、これまで許せなかったことを水に流してしまいたくなるのは、海の持つ浄化力のおかげなのだろうか。まるで心のひだに合わせるかのように、規則的に寄せては返す波音が、ふと一つの塊のように感じたとき、自分と宇宙が繋がった気がした。

平内海中温泉(屋久島町ホームページ)

泉質 アルカリ性単純温泉(低張性・アルカリ性・高温泉)
効能 神経痛、筋肉痛、関節痛等
源泉 46.5℃(気温24.1℃)
入浴時間 1日2回の干潮時の前後2時間程度
入浴料金 こころざし(200円)
アクセス 宮之浦港からバスで80分ほど

優しいお湯に癒される。“浜の温泉”の名称で親しまれる湯泊温泉。《湯泊地区 湯泊温泉》

湯泊温泉に行こうと、集落の細い路地に入る。すると、民家の階段に座り、井戸端会議をしている数人のお婆ちゃん達に出会った。

「昔は、キビの仕事(さとうきび畑の仕事)のあとに、浜の温泉には毎日行きよったよ。あんたも行ってみらんね。よかお湯が出よいが」

すすめられるままバナナの木が垂れ下がった民家の脇を抜け、大ぶりのシダやカズラで覆われた緑の道をくぐり、温泉のある海岸へと下っていく。

湯泊海岸にある湯泊温泉の湯船は、真ん中の仕切りで男女が分かれており、24時間入浴が可能だ。屋根なしの野天温泉にもかかわらず、女湯には簡易的な脱衣スペースも確保されていて、昼夜問わず女性も安心して入浴できる。

今日は小さな先客がいた。海水浴帰りの3人の子供たちが楽しそうに湯船に入っている。湯泊温泉のお湯は、”ぬるま湯”なのが特徴で、小さな子供でもゆっくり長く入っていられる。海岸に設けられた湯船からは、湯泊港が見え、目の前の里海はなだらかな波音を奏でながら、潮の満ち引きを繰り返す。優しいお湯の温度と波音に癒されて、あと何時間も入っていられそうだ。

「そろそろ上がろうか」

どれくらい湯船に入っていたのだろう。ふと気付くと、真上にあったはずの太陽が、西へ傾いている。お母さんの声で一斉にお湯から出た子供達が、こっそりともうひとつの温泉の存在を教えてくれた。

子供達の指差すとおり、奥へと続く細い道を行くと、そこには、海ギリギリに立つ岩をくり抜いたタイドプールのような小さな温泉があった。家族風呂のようにプライベート感のある、温泉というよりお風呂のような小さな秘湯だった。

湯泊温泉(屋久島町ホームページ)

泉質 アルカリ性単純温泉(低張性・アルカリ性・温泉)
効能 神経痛、筋肉痛、関節痛等
源泉 38.4℃(気温23.8℃)
入浴時間 24時
入浴料金 こころざし(200円)
アクセス 宮之浦港からバスで90分ほど

大自然の産物。泉質豊かな温泉

屋久島にある多種多様な温泉はこれまで島で暮らす人々を支えてきた。ここで紹介した他にも、400年以上の歴史を持つ「楠川温泉」や、絶景の大海原やトカラ列島を望める「JRホテル 屋久島」など、豊富な雨によりもたらされた清らかな水が創る、自然の産物である’’温泉”は、今も昔も人々に彩りを与えている。

緒方 麗

1976年屋久島生まれ。 屋久島・安房河畔のダイニング&バー「散歩亭」を営む傍ら、文筆活動や音楽活動を行う。MBC南日本放送やくしまじかんwebライター、ラジオ出演。共同通信の連載"やくしま物語"執筆など。屋久島の幻の民謡「まつばんだ」を、唄×屋久杉ウクレレ×映像チームと共同制作 https://youtu.be/LepquUW-tPA』

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