しまのま
生活と文化とわたし

普段の生活の中で、自然とのつながりを感じることはありますか?
例えば、いつも何気なく通り過ぎる道端に生えている木々が、どうやって小さな種から今の姿になったのか。私たちの暮らしに欠かせない水は、どのくらいの時間をかけて、どうやって私たちのもとへやってくるのか、考えることはありますか?

都会で日々を忙しく過ごしていると、なかなか自然に思いを馳せることは少ないかもしれません。今を生きるのに精一杯で、数10年後、数100年後のことを想像するのは難しいですよね。

鹿児島県屋久島にある「モスオーシャンハウス」(https://www.moss6.com/)には、そんな方にこそ体験してもらいたい「森 川 海のめぐりをつなげる里づくり」のプログラムがあります。なんと1,000年のメガネをかけることで、時間の流れの感じ方や、自然の見方が全く変わってくるのだそう。一体どういうことなのか、私も体験してきました。

風を待ち、森を見つめる 自然の声を聞く時間

等高線をもとに谷になっているところを結び、敷地周辺の水の通り道を図にしたもの

「敷地の中でいかに水を澱ませずに、海まで気持ちよくつないでいく場所を作れるかに取り組んでいる」と話すのは、本日案内してくれるモスオーシャンハウスの今村祐樹さん。

「大木をつないでいくと、木全部が水の流れに見えてくる。この木とこの木はつながっていて、木が根っこで水をリレーしている。そこのタブの木、奥のクスの木、その向こうのウラジロエノキ。こう見ると1本1本の木が一直線上に重なって見えるでしょ。同じ水を山から谷に向かって、バトンタッチしてる。きっとどの森にも、山から海までつながる主要な木がある。大事な木が見えてくると、大事な木がいま元気なのか、元気じゃないのか、元気がなかったらどういうことが自分にできるんだろうと考えるんです」
そう話しながら、敷地周辺の山から海への水の通り道や、これから行くところ、今村さんが気にかけている木々について説明してくれます。

モスオーシャンハウスの森のシンボルツリー、大きなガジュマルの木

「今日はこのシンボルツリーのガジュマルの木をゴールにイメージしながら、風を生み出していきます。風が動かすところ、風が通りたがっているところを探すんです」

風を生み出すって、どういうことだろう?

「この木がね、海とつながっているんですよ。海からの風が気持ちよく吹くようになると、この森がもっと気持ちいい場所になる。あっ、いま風が吹いた。この風を追っていくんです。この辺も、風が通りたがってる気がする」風が吹いた時に揺れる草や葉を見つけて切り、土に返りやすいよう細かく刻んで地面に落とす。その作業を繰り返します。

「あ、また風が吹いた」海のすぐ近くの森なので、見下ろすと木々の隙間から青い海を覗くことができます。今日の海は凪。耳をすますと穏やかな波の音が聞こえます。鳥の声、風の音も。

森の隙間から海が見える

しばらく黙々と作業を続ける2人。森を眺めて風を待って、風が揺らす場所を探します。風が吹くと「いまだ」と追いかけます。少しずつ草を刈っていくと、ほんの少し風の通り方が変わります。夢中で刈っていき、振り返るといつの間にか後ろに風の通り道ができていました。

「できるだけ多くの人に関わってもらいながら、少しずつ変えていくことが大切です。そうすることで、みんなの場所になる。こうやって関わって、この森のことを思ってくれる人が増えると、みんなの森になっていく。あ、そう言ったら今すごくいい風が吹いたね。自然と関係性を持てることはすごく幸せ。それを自分だけの体験にするのはもったいない。自分が感動したことを他の人にも共有したいんです」

風を追いかけ、草を刈ると、まるで森と一体になったよう

「ちょっと一歩踏み出せば、自然の声を聞く時間をすぐに作れる。みんなこの作業をすると『関わり方が分からなくて何もできなかったけど、こんな風に自分も森と関わってよかったんですね』って言う。自分1人じゃなくて、風や草木や鳥たち、ここに色んなことを教えてくれる生き物がいて、一緒に作業してる。自然の声を聞く時間がすごく大事なんじゃないかな。この自然はどうしてもらいたいのかなっていう視点を持つ。ただ草刈りするんじゃなくて、どうしたら気持ちいいかなって。関わった後、みんなこの森を気にしてくれている。こういう体験をすると、屋久島が1回だけ来る島じゃなくなって、関係性が続いていくんです」

自分に返れるお気に入りの場所を見つけると、人生が豊かになる

五右衛門風呂の薪に使う枝を拾いながら、森から海へと下っていく

今度は森を下り、海へと向かいます。草が生い茂る藪を抜け、海岸に出ると急にパッと視界が開けて、景色の明るさに思わず目を細めます。「ここに山から流れてくる水が、すごく綺麗に見える岩があるよ。行き詰まった時に考えごとをするお気に入りの場所なんだ」そう言って、岩へと案内してくれました。

森と海のつながりを感じられる、今村さんのお気に入りの場所

「島に来た当時はガイドだったから島中駆け回ってたけど、もっと1つの場所と深く関係を結ぶ豊さを追求したいと思うようになった。思考が未来にいったり過去にいったりすると、すぐにこの風の気持ち良さを忘れてしまう。でもここにいると、その気持ち良さを思い出せる。昔、リトルトリーっていう小さなインディアンの話の中に『人生の中で自分と繋がれるような、お気に入りの自然の中の場所を見つけられたら、人生が豊かになる』って話があって。それを読んだ後にここに来たら、自分にとってはここがその一つだなって。屋久島で体験してもらいたい価値って、こういう自分に返れる時間を持つことなんです」

自身に語りかけるように言葉を選ぶ今村さん

「大体皆、ここですごく長居する。いきなり海に来るんじゃなくて、森を通過してここに来ることで、色々感じているんだと思う。ここはあえて声をかけないようにしてる。その人自身の心で感じてもらう時間がすごく大事だから。都会だと自分の時間を作ることって難しいよね。自分の時間が単なるインプットの時間になってたりして、自分との対話の時間じゃない。でも自然の中にいると、一瞬で内省できる。まずは自然とのつながり、草刈りすることの意味を感じてもらいたい。ただ綺麗にするための草刈りじゃなくて、こうすることで山と海がつながって、水が豊かに循環することに自分も関わっているって感じてもらう。そうするとただ観光するのと、全く違う時間になる」

海を一望できる五右衛門風呂。自分で薪で焚くところから体験できる

本当につながっているということを感じる

「この川の源流がヤクスギランドの森。実はこの川は深い森とつながっていて、そこを歩けるんですって流れでヤクスギランドに行き、この流域を体感してもらう。1,000年以上生きる屋久杉のある森と、自分たちが過ごしてるあの場所は水でつながっているんだって。それを体験した後にここを歩いていると、山奥にしか生えてない屋久杉の流木が落ちてたりするから、その流木を拾って、お風呂を焚く。そうすると、本当につながってるんだなって感じられるんです」

ヤクスギランドの森の景色を想像すると、今この川に流れている水がとても特別なものに感じられます。何100年、何1,000年もの悠久の時を経た、屋久杉などの大きな木々、深い森。2,500年前、おそらく縄文時代と言われる頃から生きている杉も、屋久島には現存しています。

水の流れに思いを馳せる今村さん

「モスオーシャンハウス」のモスとは苔のこと。森の中の苔はふかふかのマットのようで、種が落ちて新しい生命が生まれる始まりの場所です。根を育みやすく、常に次世代の子どもたちがすくすくと育つ、苔のような場所になってほしいという思いがこの名前に込められています。自然自体が豊かに循環していく手助けをすること、そしてここに滞在した人が自然とのつながりをジワジワと取り戻し、100年後、1,000年後という視点で自然や自分と向き合う場所になるよう、今村さんはさまざまな取り組みを続けています。

中島遼

北海道出身。東京在住10年を経て2016年屋久島に移住。漁師の暮らし体験宿ふくの木・遊漁船さかなのもりを運営。屋久島ブルーツーリズム推進協議会を立ち上げ、うお泊やくしまのプロジェクトマネージャーを担う。屋久島経済新聞ライター。 漁師の暮らし体験宿ふくの木 https://www.yakushima-fukunoki.com/ うお泊やくしま https://www.uohaku-yakushima.org/

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