しまのま
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2021年7月に奄美大島が世界自然遺産に登録され、その高い評価を受けた生物多様性の象徴となる存在の一つが、固有種であるアマミノクロウサギです。長い歴史の中で、奄美の人々と共に生きてきたアマミノクロウサギについてお話しします。

写真:大町博之

アマミノクロウサギってどんな動物?

アマミノクロウサギは、世界中でも奄美大島と徳之島にしか生息しない黒茶色のウサギです。夜行性で体長は40〜50cmほど。ウサギにしては耳や目が小さく、尻尾もあるかどうか分からないほど短いのが特徴です。足も短いので、それほど速くは走れません。長く丈夫そうな爪があって、土を掘って巣穴を作るのは得意です。
奄美の常緑広葉樹の森の中で、シイの実や木の芽、樹皮などを食べて暮らしています。

クロウサギが大好きなシイの実

太古の姿を残す生きた化石

アマミノクロウサギに限らず、奄美大島の生き物は原始的な形を残しているといわれています。今回、奄美大島が世界自然遺産に登録されたのも、これが理由のひとつです。

約1000万年前、まだ奄美群島がユーラシア大陸と繋がっていた頃、アマミノクロウサギの祖先たちは大陸に暮らしていました。しかし約200万年前あたりから地殻変動により、奄美群島は大陸と切り離され、島になっていきました。

大陸の生き物たちは天敵に襲われたり、環境の変化により絶滅したりしていきますが、島に取り残された生き物たちは天敵の捕食から免れ、大きな進化をせずとも現代まで生きてこられたのです。確かに、奄美大島には大型肉食獣はいません。生態系の頂点は毒蛇のハブだといわれています。

アマミノクロウサギの不思議な子育て

アマミノクロウサギは不思議な子育てをすることで知られています。繁殖期は春と秋の2回。母ウサギは自分の巣穴とは別に、もうひとつ子育て用の巣穴を掘ってそこで一度に1〜2匹の赤ちゃんを産みます。

なかには落ち葉や、母ウサギが自分でむしった体毛が敷き詰められているのだとか。普段は穴の入り口を土やコケで塞いでいて、2日ごとに掘り返し、授乳しにやってきます。授乳時間はほんの5分程度。母ウサギは再度入口をトントンと踏み固め、子ウサギは暗い巣穴で母ウサギを待ちます。

穴の中で待ちわびる子ウサギは寂しそう…と思ってしまいますが、穴の中で育てる理由は、奄美は雨が多く子ウサギが濡れて冷えないようにとか、天敵のハブに食べられないためなどといわれています。おそらく、これがきっと長い年月をかけてできた一番安全な子育て方法なのでしょう。

ナイトツアーに参加してみた

アマミノクロウサギは、島に住んでいても普段は見かけることはありません。私は最近ナイトツアーに参加して、初めて見ることができました。

参加したツアーでは、ガイドさんの車に乗って夜間の山道を車で走ります。電灯や民家はないので森は真っ暗。ガイドさんが時々野生動物の出没スポットで停まってくれます。暗闇に目が慣れて来た頃、ついに土手や草の陰でアマミノクロウサギを発見! 毛はふわふわとしていて可愛らしく触ってみたくなりますが、相手は絶滅危惧種で特別天然記念物。追いかけたりせずに、山に帰って行く姿を見守ります。そして草むらに逃げ込んだ後「ピシー!」と一声鳴きます。仲間に人間がいることを伝えているのでしょうか。

大和村の小中学校では飼育していたことがある

大和村役場に保管されているアマミノクロウサギ飼育記録より

島人でも普段はなかなか出会うことがなく、捕まえたり飼ったりすることも禁じられている絶滅危惧種・アマミノクロウサギ。しかし、かつて国の許可を得て飼養していたという記録があります。

飼育研究と記録を林野庁の許可を得て行っていたのは、大和村(やまとそん)の大和小学校と大和中学校。1963〜1991年の28年間に及びました。飼育係りをしていた子どもたちは毎朝エサになるような草を持って登校したり、フンの数を数えたりしていたそうです。

当時、飼育委員をしていた大和村役場産業振興課長の郁島武正さん(60)は
「夜行性だから昼間は滅多に見ることはなかった。熱心な先生は、クロウサギが何を食べるかを調べるためにいろんな果物を置いていたけど、自分たちが食べたこともある」
と笑います。

また、役場住民税務課の和泉豊和さん(55)は
「一年に一回、クロウサギの体重を量るために捕まえていたけど噛まれそうで怖かった」
と思い出を話してくれました。

大和小中学校に隣接されたウサギ小屋

また、大和村在住の70代以上の方に伺うと、昔は産前産後の栄養源としてアマミノクロウサギを汁物にして食べていたそうです。あまり美味しくはなかったといいますが、体が温まると言われていたようです。そのため、集落にはウサギ猟をする人がいて、お願いすると穴の中をいぶしたり、棒を入れて引っ掛けたりして捕まえてきてくれたそうです。

津名久(つなぐ)集落に住む中山昭二さん(67)は
「そのころは犬も放し飼いだったからね、山に遊びに行った犬がクロウサギを咥えて帰ってきたこともあったね」
とおっしゃっていました。

私たちの課題

現在は、かつてアマミノクロウサギを飼養していたり、食糧としていた時代から大きく様変わりしました。奄美大島、徳之島以外に存在しないという種としての希少性、外来種の捕食により数を大きく減らした経緯から、アマミノクロウサギは人類が守るべき存在として認定されています。

そんなアマミノクロウサギの天敵は、車と猫。外来種駆除によって個体数が回復傾向にありますが、道路に出てきて車に轢かれてしまったり、人間によって島に持ち込まれ野生化してしまった猫に捕まって食べられたり、といった被害が出ています。

アマミノクロウサギの足はそれほど速くありません。ハブに襲われないために道路のひらけたところでフンをしたり、エサを食べたりする習性があるため事故にあってしまうのです。私はナイトツアーでアマミノクロウサギを見てから、黒い小さい生き物が道路の隅にいるのではないかと思い夜の山道でスピードを出すことを控えるようになりました。

アマミノクロウサギのフン。黒く小さくコロコロしている

私たちの住む奄美大島は、深い森がある豊かな島です。アマミノクロウサギをはじめとする動物たちは、島と共にずっとここで命を繋げてきました。この島からいなくなったら地球上から失われてしまう生き物がたくさんいます。これからも、島に住む私たちが守っていかなくてはならないと思っています。

ちなみに大和村では2024年にアマミノクロウサギ研究飼育施設をオープン予定です。怪我したウサギを保護したり、生態のことなどを子どもから大人まで楽しく学ぶことのできる施設になる予定です。出来上がったらぜひ遊びに来てくださいね。

三田もも子

新潟県十日町市生まれ。地方紙記者、農業、バックパッカーなどを経て、旅行雑誌や旅ガイドシリーズの編集に携わる。 2016年4月から奄美大島に移住。奄美の文化を紹介する「ワンダーアマミ」を定期発刊。ブラジリアン柔術と秋田犬が好き。

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