しまのま
生活と文化とわたし

古くからクジラと深く関わってきた奄美大島。その関係は時代の流れや島の歴史とともに大きく変わりゆく。

前編で紹介したように、「海からの授かり物」だったクジラは本土から入った商業捕鯨で「獲る」ものになった。そして今、クジラは見守る対象へ。後編は、クジラ保護の取り組みとホエールウォッチングの様子をお届けする。

奄美大島沖を遊泳するザトウクジラの群れ(ネイティブシー奄美:提供写真)

増加する奄美のクジラと、保護の取り組み

戦前の商業捕鯨などで奄美近海のクジラは激減したが、1966年の捕鯨禁止を機に頭数は徐々に回復。2000年代からザトウクジラの出現が増え始めた。

奄美クジラ・イルカ協会は、奄美大島海域に冬期来遊するザトウクジラや、周辺海域に生息するクジラ類の出現頭数・個体認識調査を行なっている。2006年から調査を始め、2021/22年シーズンのザトウクジラ総発見数は1090群・1767頭(前季比161%)と、調査開始以降で過去最多となった。
   

(資料:奄美クジラ・イルカ協会)

「調査増員も要因のひとつだが、奄美大島沿岸に出現するクジラは年々増えている。また島沿いを移動する個体が多い中、母仔群は複数日にわたって長く停滞する習性があることもわかった。奄美で生まれたクジラはまた奄美に戻ってくるので、奄美出身の母仔もかなり増えているのではないか」と話すのは同協会の興克樹会長。

「島影となる沿岸の穏やかな海域は子育てに最適で、母仔を含む群れも158組(前季比150%)と毎年増え続けている」

今年(2023年)2月16日には、国内初となるザトウクジラの出産前後の観察記録に成功した。下腹部から子クジラの尾びれを出している雌クジラの様子や、生まれたての仔クジラが母親と泳ぐ姿を動画と写真に撮影。「非常に貴重で感動的なデータ。1年後また奄美に戻ってきたら、成長記録として観察を続けたい」と話す。

出産後、仲良く遊泳するザトウクジラの母仔(2023.02.16 興克樹さん撮影)

奄美でのホエールウォッチングの意義

奄美大島におけるクジラの調査は、奄美クジラ・イルカ協会加盟店のホエールウォッチング船に同乗して行われている。協会には現在、島内14のダイビング事業者などが加盟し、2013年から本格的にホエールウォッチングツアーを始めた。ツアーは奄美の大自然を観察する観光のひとつだが、クジラ保護の上でも重要な役割を担っているわけだ。

事業者は出現したザトウクジラをツアー参加者に案内すると同時に、尾びれの写真や出現時間・位置情報などのデータを収集。集められたデータは協会で集計・分析される。

尾びれの模様や形でクジラの個体識別ができる(資料:奄美クジラ・イルカ協会)

またツアー中のクジラの出現情報は全加盟店でリアルタイムに共有されるので、参加者もかなりの確率でクジラに遭遇でき、安心してホエールウォッチングを楽しむことができる。まさに奄美ならではのゆい(助け合い)の精神。

自然資源の保護と有効活用、その両方を担うのが奄美のホエールウォッチングなのだ。

他地域と連携、研究内容を世界に発信

国内海域で奄美とともにクジラ来遊の多い地域が、北海道・小笠原諸島・慶良間諸島(沖縄県)だ。小笠原ホエールウォッチング協会は国内初(1988年)のホエールウォッチングを行ない、沖縄美ら島財団も1991年から沖縄周辺海域のクジラ調査を実施している。奄美クジラ・イルカ協会と両団体は、各地区のデータ共有やシンポジウムなどで連携し、クジラの生態を世界に発信している。

北海道の科学センターも含む共同研究では、奄美、沖縄、小笠原、北海道海域で撮影されたザトウクジラ3532頭の尾びれを分析。4海域に来遊するザトウクジラが共通の1つの集団であることや、さらにその集団内に2つの小グループが存在することを解明した。研究内容は2022年11月17日付けで国際的な科学誌「プロスワン」に掲載された。

夏はアラスカ沿岸で餌を食べ、冬に日本海域やハワイ諸島にやってくるザトウクジラ。世界を回遊するクジラの移動距離は約2万㌔だともいわれている。国際自然保護連合(IUCN)や国際捕鯨委員会(IWC)もクジラ情報の拡充が急務とし、ホエールウォッチングを通して世界に発信する奄美の果たす役割は大きい。

迫力のホエールウォッチングを楽しむ

2月12日、ネイティブシー奄美(龍郷町)のホエールウォッチングツアー船に乗船した。

ツアー参加者はダイバー(ホエールスイム)を含む15人。フタッフの垣内貴志さんと横山基さんの案内で、島北部の海域を約2時間周遊するコースだ。

この日は曇り空で強風とあいにくの天候、海上はやや波が高い。それでも救命胴衣を身に着けた15人は期待を胸に、午後1時半ごろ笠利町宇宿海岸を出発。

クジラは水面で様々な行動をする。息継ぎのために潮を吹くブロー、息継ぎが終わり潜水するときに尾びれを上げるフルークアップ、そして背を反らして大きくジャンプするブリーチング。ホエールウォッチングでは、まずブローを探してクジラに近づく。

(資料:ネイティブシー奄美)

出航から15分、早くも遠方に2頭のペダンクルアーチ(潜水前に水面高く背びれを見せる状態)を発見。参加者たちは歓声をあげ、一斉にスマートフォンやカメラを向ける。

その後もダイナミックなフルークアップや、大きくブローするザトウクジラが出現。しかし高波のため、なかなかクジラには近づけない。
接近するとこういう状態でフルークアップが楽しめる。

(写真:ネイティブシー奄美)

東京(港区)から参加した猪俣敏博さん・陽子さん夫妻(東京・港区)は、尾ひれを激しく水面に叩きつけるテールスラップを見事に撮影した。「奄美大島は海と山もありのままの自然が残っている。そしてありのままのクジラも感動的だ」(敏博さん)

迫力のテールスラップ(猪俣敏博さん撮影)

残念ながらホエールウォッチングの醍醐味であるブリーチング(ジャンプ)は見られなかったが、参加者たちは奄美大島のザトウクジラをたっぷり堪能した。また、撮影した尾びれ写真は自主的に協会に提供され、個別識別データとして活用される。

今後のホエールウォッチングと保護取り組みの展望

2022年シーズンのホエールウォッチング参加者は4961人で、コロナの影響で減少した前季(2895人)の1・7倍に増加。そのうちホエールスイムは2872人で全体の57・9%を占めた(奄美クジラ・イルカ協会調べ)

年々増加するクジラとホエールウォッチングツアー。奄美クジラ・イルカ協会は、安全対策とツアーの質の向上を図るために自主ルールを試行している。

(資料:奄美クジラ・イルカ協会)

「今後は沖縄と連携してホエールウォッチングの統一ルールを作り、将来的には多くの海域と一緒にクジラを見守る活動に取り組みたい」と興克樹会長。

また冬期のザトウクジラだけではなく、年間を通した鯨類ウォッチング事業も探っている。「外洋でのマッコウクジラや近海に生息するミナミハンドウイルカの状況を調べ、新規ホエールウォッチングの可能性を広げる。そのためにも適正なルール作りが課題」と話す。

奄美大島の大自然を満喫するホエールウォッチング。保護と活用、調査と感動、そして発信。様々な側面を持つ奄美のホエールウォッチングに、あなたも参加してみてはどうだろうか。

【参考文献】
「瀬戸内町誌歴史編」「久根津集落誌:わきゃあ島久根津」「あまみヒギャマンプロジェクト」

【取材先】
「久根津集落」「瀬戸内町図書館・郷土館」
「奄美クジラ・イルカ協会 https://amamiwhale.jimdofree.com/
「ネイティブシー奄美ダイビングショップ https://amami-diving.com

泉順義

フリーライター/探検家。北アルプスや塔ノ岳のフィールドワークを繰り返し、ヒマラヤのカラパタール(5643m)に二度登頂する。2015年、ふるさと奄美大島に帰郷。ウシトリゴモリ(嘉徳)・タンギョの滝(住用)など、秘境の地をこよなく愛する島っちゅ。地元紙奄美新聞社で自然面を担当。

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