石垣島や周辺の島々、八重山諸島では、毎年7月から8月を中心に豊年祭が行われる。豊年祭とは、この1年の実りに感謝し、次の1年の豊穣や地域繁栄を祈願する年中行事。
自然と人の暮らしが密接な島で行われる、祈りの祭り

老若男女が参加し、八重山内で25ほどの地域で行われ、力いっぱいにあげられる旗頭、勇壮なツナヌミン、たくさんの人が参加する大綱引きなどが行われるが、各地域それぞれ特色のある祭りが繰り広げられる。
今年も夏の盛りに、石垣島内のいくつかの豊年祭に行ってきた。ほとんどの地区で2日間に渡り行われ、多くの地区で1日目はそれぞれの地域の御嶽で行われるオンプール、2日目は村をあげて行われるムラプールなどと呼ばれる。石垣の言葉で、豊年祭はプールやプーリィといわれる。
まずこちらは、石垣島の中心街で行われる、四カ字(しかあざ)のムラプール。四カ字というのは、新川、石垣、大川、登野城の4つの地域のこと。石垣で一番規模が大きく盛大に開催される豊年祭だ。

7月29日、会場となる真乙姥(まいつば)御嶽周辺は、日が傾いてくる頃から次第に人でいっぱいに。

それぞれの地区による、太鼓や舞踊など芸能の奉納が終わると、アヒャー綱という女性だけの儀式がある。毎年新川の女性がひとり、ブルピトゥ(棒貫人)に選ばれ、祭りの最後にある大綱引きの大綱の雄綱と雌綱をつなぐ大事な役割を担う。女性たちの元気なかけ声と舞いともに力強く行われた。

すっかり暗くなって祭りも終盤に近づき、会場の熱に包まれ行われるのは「ツナヌミン」という演武。松明の明かりのもと、台に乗った、長刀を持った東の大将と、鎌を持った西の大将が勇ましくぶつかり合う。今年も、指笛が響き渡り緊張感の漂うなか、無事に演武が行われ、会場は大いに盛り上がっていた。こちらは新川地区の青年が受け持ち、その舞台に上がれるのは一生に一度だけと決まっている。
お次は、空港のすぐそばの集落、白保。「おもしろい」といわれることの多いのが白保の豊年祭。

7月28日夕方、ミルク神が厳かに来訪した後は、名物ともいわれる、住民総出の「稲の一生」という奉納行列が始まる。

田植えから、稲が実り、稲刈りをして脱穀、そして籾俵の奉納までが表現されていて、実に賑やかに躍動感たっぷりに行われ、毎年たくさんの人たちが見学に訪れる。白保では、80年近く前から「稲の一生」が行われているのだそう。


行列が終わると、旗頭があげられ、大綱引きが行われた。
ひとりの青年の想いが伝統をつなぐ
大浜地区も賑やかにムラプールが開かれるが、オンプールのある儀式について紹介したいと思う。
御嶽での神酒奉納儀礼である「角皿(スヌザラ)パーシィ」という儀式がある。角皿とはお神酒を注ぐ、角のような持ち手がついた器、パーシィとは囃しのこと。関係者のみでひっそりと執り行われるこの儀式、本来は、米や粟の豊作を感謝する唄「角皿」を唄いながら行われるものだけれど、ここ40年ほど録音された唄を流していたよう。
それを知った、長年地元大浜の地域行事に携わる大濵俊晴さんは、このままでは唄や儀式そのものが途絶えてしまうかもしれないと危機感を持った。
それから、長老たちへ大浜に残る古謡の聞き取りなどを重ね、そして、高齢化でほとんど活動がなくなっていた大浜古謡愛好会を、仲間たちと大浜村古謡愛好会として再結成し、大浜の古謡を唄いつないでいくことを目的に活動を始めた。そして、ついに2019年のオンプールで、本来のかたちでの角皿パーシィ儀礼を復活させた。

7月25日19時すぎ、大浜の海の近くにある崎原御嶽でオンプールが始まり、御嶽の神聖な空気のなか、作られたばかりの神酒をたたえ、静かな旋律の「角皿」が響いていく。

中央左寄りが、大濵俊晴さん
こうして、伝統、文化がつながれていくのだと目の当たりにした瞬間だった。
大濵さんは「生の声で感謝を伝えたい一心でした。それが叶ってまずはよかったと思っています。今後も地域の人たちと継承を続けていきたい」と話す。
約2週間ほどのあいだに、各地であった豊年祭シーズンが終わり、八重山の島々は旧盆に向けて準備が始まるところ。今年の旧盆は8月25日から27日まで。八重山のみで行われる独特な行事、アンガマがある。こちらもぜひ。
▶ あの世とこの世を結ぶ島行事『アンガマ』
