しまのま
生活と文化とわたし

奄美空港から名瀬方面へ車で15分。人気の観光スポット「ハートロック」の近くに「77.7MHz」という大きな看板がある。ラジオの周波数を77.7MHzに合わせると、流れてくるのは奄美の島口(シマグチ:奄美大島の集落の言葉)だ。

「島に帰ってこれを聴けば、あー、島に帰ってきたんだっち思うのよねー。」
と地元民や島出身者が口にするのを聞く。

「あまみエフエム ディ!ウェイヴ」(以下、あまみエフエム)。奄美大島では知らぬ人はいないコミュニティーFMラジオ局だ。

シマッチュの、シマッチュによる、シマッチュのためのラジオ

あまみエフエムは、代表の麓 憲吾(ふもと けんご)さんら5名のメンバーにより、2007年に設立された。

「シマッチュの、シマッチュによる、シマッチュのためのラジオ」というキャッチフレーズどおり、島の人に島のことを伝え、交流するためのラジオだ。シマッチュとは、奄美の言葉で島民を指す。

麓憲吾さん

麓さんはもともと自身がアーティストを目指したほどの音楽好き。
島で生まれ育ち、一度都会に出て働いたのち島に戻り、仕事の傍ら時々音楽ライブを企画開催していた。

そして、名瀬にライブハウスASIVIを設立すると、島外からASIVIにアーティストたちが来るようになった。
麓さんはそういったアーティストたちと話すうちに、奄美大島の自然や島の生活・文化、島唄の素晴らしさに気づいていった。
しかし、当時そのことに目を向けるシマッチュは少なかった。むしろ、島出身であることを隠しさえしていた。

そんな折、元ちとせさんがメジャーデビューし、都会のメディアで「私は奄美大島出身です」と胸を張って名乗った。
おかげで奄美大島が島外から大変な注目を浴びた。
これにより初めて麓さんのように、逆輸入的に島の素晴らしさを再認識したシマッチュが大勢いたのだ。

この出来事で麓さんはメディアの力を実感した。そしてある思いが浮かんだ。
「もっと島内から島のことを発信して、自分たちのアイデンティティを共有し共感したいと思ったのです。」
そのために思いついたのがコミュニティFMラジオだった。

そこで、営利を目的としないNPO法人としてあまみエフエムを起ち上げた。創業からずっと、企業からの広告収入とサポーター会員からの会費で運営されている。サポーターは2023年5月現在、企業550社、個人2,000人を超える。

あまみエフエムは2023年6月現在、奄美市・大和村エリアで放送されている。島内でも宇検村と瀬戸内町では朝昼夕の3つの時間帯の生放送が、それぞれエフエムうけん、エフエムせとうちから放送され、龍郷町では朝の生放送がエフエムたつごうで聞くことができる。

島口で伝える島の生活や文化

あまみエフエムの番組は99%が自主制作によるもの。

番組では島唄や島のアーティストの歌が流れ、島口が飛び交い、島でのイベント開催のお知らせや空の便・海の便の運行状況、天気予報や防犯情報、市町村や集落からのお知らせ、リスナーからの地元情報、選挙速報、行方不明者情報、お悔やみ情報などさまざまな島内情報が伝えられている。
また、あまみ祭りなど島内イベントの生中継も行なっている。

島口で語られる番組は、地元の人や出身者にとっては「ほっこり癒される」、島外の人あるいは移住者にとっては「島口の勉強にもなる」と大好評だ。

特に、明るくほんわかとした雰囲気の島口で、ぐいぐい相手の懐に飛び込んでいく渡 陽子(わたり ようこ)さんはダントツの人気者。島じゅうで愛されているパーソナリティだ。
渡 陽子さんの声を聞きたいからあまみエフエムを聴く、というファンも多い。

渡 陽子さん

島口はそれぞれのシマ(=集落のこと)の言葉。「島の方言」と勘違いしている人もいるが、そうではない。集落ごとに少しずつ違い、遠い集落同士では全く違う言葉であったりもする。

あまみエフエムからいろいろな島口が流れてくることで、集落ごとの違いを知り、島の文化に触れ、愛情と思いやりを持ってお互いに認め合う「島ごころ」がシマッチュの間に育まれてきている。

島の情報のみならず感情を共有しているのがあまみエフエムなのだ。

すべてのシマッチュが主役!住民参加型番組

あまみエフエムには毎日、朝・昼・夕方に2時間ほどの生放送の番組がある。開局当初から続いている長寿番組なのだが、この生番組の中でも地元民が出演するコーナーが特に人気がある。

小学校にあがる前の地元の子どもたちに将来の夢などを訊く「島の宝奄美っ子」、各集落を回ってその集落の人にシマ(集落)の話を訊く「ナキャワキャ島自慢」。

あまみエフエムの番組表

また、島内外で活躍する人たちや島で開催されるイベントの主催者などへのインタビューを行う「夕方フレンド」では、その人たちの島に対する思いや苦労などを聞くことができる。

このように有名人ではなく地元の人たちがラジオで話しているのがとても面白い。知り合い同士のおしゃべりを聴いているような感じだ。

あまみエフエムのリスナーのほとんどが「自分もしくは知り合いが出演したことがある」ということからも、シマッチュにどれだけ身近かということがわかる。何げなく聞いているラジオに知り合いが出ると、ますますラジオはコミュニティの一部になる。

各番組のパーソナリティを地元の有志の人たちが多数務めているのも人気の秘密。まさに住民参加型ラジオだ。

リスナーに尋ねてみると、運転中にあまみエフエムを聴いている人が断然多い。

運転中に便利なのは島の交通情報。あまみエフエムの交通情報は圧倒的に早い。なぜかというと、車に乗っているリスナーから瞬時に局へ情報が寄せられるからだ。

事故や通行止め、あるいは通行止めが解除された時でさえも、すぐにそれを見た人から情報が局へ寄せられる。
全ての住民が参加者という状況ならではの情報の早さ・多さだ。

災害時は必ずあまみエフエムを聴く

あまみエフエムでは、開設当初から災害時の情報発信に力を入れてきた。
台風や豪雨などの時、一番知りたいのは島が今どんな状況なのかだ。全国ネットのテレビやラジオをつけても島の現在の状況などわからない。そんな時にシマッチュが頼りにするのはあまみエフエムだ。

あまみエフエム開設後まもなくの2010年、奄美大島を豪雨災害が襲った。それにより奄美市住用町では大きな洪水被害に見舞われた。あまみエフエムではそのときラジオとインターネット放送を使って、24時間体制で災害情報や避難者の安否情報などをリスナーからの情報提供や問合せとともに島の内外に届け続けた。

これはこの島に住むシマッチュの心に、さらには島外で聴いている島出身者や島ファンたちに深く響いた。この時の放送はもはや伝説となっているほど、今でもリスナーから感謝されている。

それ以来、災害時といえば、シマッチュはあまみエフエムをつける。
「災害時はずっとあまみエフエムを聞いてます。」
「確実な情報と渡さんのあたたかい声が恐怖心を紛らわせてくれます。」

災害時は、あまみエフエムには今も島じゅうのリスナーから、あらゆる情報がいち早く集まってくる。雨や風の状況、海や川の様子、崖崩れ、洪水、通行止め、渋滞、災害の被害状況、被災者安否情報など。それを24時間体制で各機関からの情報とともに発信し続けている。

台風の時などは島に7か所ある中継局が停電するトラブルに見舞われることも多い。暴風雨の中、体を張って停電のメンテナンスも行いながら発信しているそうだ。

コロナ禍で増えたリスナー

世界中に大きな影響を与えたコロナ禍。あまみエフエムでは、特に以前と変わらず放送を続けた。

放送側は変わらなかったのだが、リスナー側にはコロナ禍による変化があった。インターネットラジオでのリスナーが倍ぐらいに増えたのだ。島出身者や島のファンはもちろん、ネットサーフィンをしていてたまたま見つけて聴いてみた、という今まで島と全く接点のなかったリスナーも増えているというのが驚きだ。

「島口を聴いていると、自分もシマッチュになった気分になる」「島と繋がっていられる気がする」と好評なのだ。
ここからまた新たな奄美大島ファンが増えていることは間違いない。

末広市場のスタジオに行ってみよう

あまみエフエムのスタジオは、名瀬の中心にある繁華街「屋仁川」のビルの2Fのほかに、昭和レトロな「末広市場」内にもある。スタジオもレトロな雰囲気だ。

毎日のお昼の生放送と土日の生放送は末広市場のスタジオから放送している。屋仁川のスタジオは建物の2階にあるため、もっと生活の現場に近いところから声を届けたいという狙いだそうだ。

タイミングが合えばぜひ覗いてみて欲しい。スタジオはガラス張りなので、目の前で放送する様子を見ることができる。
通りがかったらパーソナリティに声をかけられて、そのままラジオに出演したという話もよく聞く。もしかしたら、あなたも出演する機会があるかも知れない。

渡陽子さんと滋賀から観光に来て出演したお客様

また、スタジオには、昔懐かしい駄菓子屋が併設されていて、そこの駄菓子は誰でも購入できる。子どもたちが駄菓子を買う姿も微笑ましい。

これからも地元密着「ディ!ウェイヴ」

「あまみエフエム ディ!ウェイヴ」の「ディ!」は島口で「さあ!(みんなでやろう!)」の意味。

「地元の情報を発信し、みんなでシマッチュの感情を共有する」というあまみエフエムの姿勢はこれからも変わることはない。

あまみエフエムのみなさん

「今まで、シマッチュにシマッチュとしてのアイデンティティを持ってもらいたいと、シマの文化・生活・自然を伝えることを意識してやってきました。
世界自然遺産として登録されたこれからは、シマを守ることを伝えていきたいと思っています。」と麓さん。

これからも、あまみエフエムからますます「耳が」離せなくなりそうだ。

あまみエフエム ディ!ウェイヴ
所在地:〒894-0031 鹿児島県奄美市名瀬金久町4-3 2F
TEL:0997-55-0777
HP:http://www.npo-d.org/

末広市場ディ!放送所
所在地:〒894-0027 鹿児島県奄美市名瀬末広町13-8

勝 朝子

東京出身。2012年から奄美大島と神奈川県湘南エリアとの二拠点居住。 島ではWebライター、Webサイト制作&運営、IT関連サポート、本場奄美大島紬のポケットチーフ「Fixpon奄美」を企画運営しています。 趣味はサーフィン、シュノーケリング、旅行、おいしいものを楽しむこと。奄美黒糖焼酎語り部第88号。 奄美の自然・文化・人が大好きで、島の隅々まで探索中です。

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