しまのま
生活と文化とわたし

島の豊かな水が創る芋焼酎

屋久島を訪れたら、まず最初に水道をひねり一杯の水を飲んで欲しい。
柔らかくておおらかな水の味に驚くはずだ。

雨の多い屋久島は”水の島”といわれ、山間部になると年間10,000㎜もの雨が降る。

森を歩くと、山奥から流れてくる清らかな渓谷や、巨石を削るほどの瀑布を目の当たりにするだろう。まるで天然のスポンジのように、大量の雨水を蓄えた苔から、森の養分をたっぷり含んだ水が地下へと浸み込み、湧き水や川となって、放射状に山から里へと降りるのだ。この島の地形や生態系、そして人々の営み、そのすべてが豊富な雨によって創られている。

甘い水✖️旨い芋
屋久島の焼酎は、見事な”調和”が作り出す芸術品

そんな雨がもたらす水の恩恵を受けてつくられた代表的な産物といえば屋久島の芋焼酎。”超軟水”といわれる甘く柔らかい水と、旨味の多いサツマイモの調和がもたらした芸術品だ。昔から、人々の暮らしに寄り添ってきた島焼酎。今日は、それにまつわるエピソードをいくつか紹介したい。

酒宴を飾る島の味

島で生まれ育った夫婦が家を建てた。棟上げの日、まだ地杉の骨組みだけの風通しいい家屋で、親戚や近所の人たちが集まり祝宴が始まった。

ブルーシートの上に並べられた料理は、釣れたばかりの新鮮な地魚や、飛び魚のツケアゲ(飛び魚のすり身を使ったさつま揚げ)、猟師が森の中で仕留めた鹿肉に生姜をたっぷり入れた味噌煮込みなど。

そして、屋久島の棟上げといえば、祝いの品は決まって島焼酎の一升瓶2本セット。床にずらっと並べられ、今宵ばかりは行儀良く酒宴を飾っている。

「かまんか(食べましょう)、のまんか(呑みましょう)、今日はよか晩じゃ」

そう賑やかに笑いながら、削りたての地杉の匂い漂う新居で、芋焼酎片手に家屋の完成を願うのだ。

あるトビウオ漁師の話

あるトビウオ漁師が亡くなった。それはあまりにも悲しい不慮の死だった。通夜では、真っ黒に日に焼け、ニカッと笑った彼の遺影の前で、仲間の漁師たちが夜通し焼酎を呑んだ。

泣きながら呑んだ。笑いながら呑んだ。お湯割りで、水割りで、呑んで呑んで朝が来たら、彼は灰になり煙になって太忠岳(※1)の空へと上って逝った。うだるような暑さの夏の日のことだった。

明日の朝、漁師たちは、緋色に昇る朝陽に向かってまた船を出すのだろう。昨日まで元気だった友人の面影を甲板に乗せて、いつものように、ただひたすらトビウオめがけて網を海へと投げるのだ。

暮らしているかのように過ごす時間

「ガソリン下さい!」

とある飲み屋のカウンターで1人の女性がそう言った。彼女はもう何年も屋久島に通っているリピーターだという。

「屋久島に来るのは、1年に1回の車検みたいなもの。心身のメンテナンスです。だから私は川を眺めながら静かに焚き火したり、ドライブしたりして、のんびりと時間を過ごすのが好きなんです」

関東から来た看護師の彼女は、1年に1度は必ず屋久島を訪れてリフレッシュするのだという。

彼女の言う“ガソリン”とは、焼酎のことだ。

「島で焼酎を呑むと、”ああ生き還った”って思うんです。じわっと身体中の細胞に染み渡って、まるで命の水ですね」

ひとくち飲むごとに饒舌になっていく。

「ああ今回も美味しかった。また来年!」

ほろ酔いの彼女は、川沿いの道をとことこ歩きながら宿へと帰って行った。毎年必ず閑散期の冬に訪れ、一週間ほど滞在する。観光地に行くこともなく、まるで暮らしているかのように過ごすのだ。

やっぱり最後は焼酎に戻る

夏になり、島外で暮らす同級生が帰ってくると、海岸でバーベキューが始まる。

ガキ大将だったAが海に潜って魚を突いてくる。羽振りのいいBは肉を大量に差し入れる。氷を張った大型のクーラーボックスには、キンキンに冷えた缶ビールや缶酎ハイがぎゅうぎゅうに押し込まれている。
ひとり、またひとりと海辺にみんなが集まると、むかし話に花が咲く。潮風に当たり炭がバチバチと音をたてるのを聞きながら、「学校帰りに橋から川に飛び込んだ話」

「遠足でモッチョム岳(※2)に登った話」など。

日焼けか酒焼けか、鼻の頭まで真っ赤にした、かつての悪ガキたちの呑ん方(飲み会)は、口永良部島の向こうに日が沈んでも、まだ終わる気配はない。
気がつくと見慣れたラベルの焼酎瓶が、1本2本と転がっている。ビールや缶酎ハイの乾杯で始まった呑ん方(飲み会)も、最後は必ず島焼酎に戻るのだ。
やがて炭はチリチリと音を変えて熾火になり、東シナ海の砂浜には静かな波が打ち寄せている。
きっと来年もまた同じ顔ぶれが集まるのだろう。

暮らしのなかにはいつも焼酎がある

一杯の焼酎には、いつだってこの島のドラマがある。そこには、儚くもたくましく生きる人々の営みがあり、大自然に抱かれた緩やかな島の時間が流れている。

屋久島の酒造会社

《三岳酒造》

三岳酒造は、昭和33年に創業された屋久島で一番古い老舗の焼酎会社。島内でも一番のシェアを誇る『三岳』は、島のソウルドリンクと言っても頷けるほど、屋久島の家庭に必ず一本は常備してある。「焼酎は、一般大衆の飲み物だから、安くて美味しい酒を作る」という理念のもと、地元密着型の焼酎造りが、これまで長い間、島民の暮らしに寄り添ってきた。その姿勢は、ひと頃の焼酎ブームで島内において三岳が入手困難になったとき、島民のために製造ラインを増やしたほど。”クセが無くて飲みやすい”として全国的に人気の「三岳(25度)」のほか、「原酒三岳(39度)」や「愛子(25度)」など数種類の焼酎を製造している。

三岳酒造
鹿児島県熊毛郡屋久島町安房2625-19

《屋久島伝承蔵 本坊酒造》

鹿児島本土に本社を持つ本坊酒造は、昭和35年に屋久島にて焼酎造りをスタートさせた。明治20年から存在する古甕を使い、杜氏をはじめとする職人達の丁寧な手仕込みは、素材の味を最大限引き出した逸品に仕上がっている。屋久島産の芋(シロユタカ)や鹿児島産の芋(コガネセンガン)と、屋久島の軟水を使った、まるで自然の恵みを凝縮したようなフルーティで繊細な味わいが島内外で人気。またラベルに屋久島在住の画家やデザイナーの作品を使用し、お土産としても喜ばれている。屋久島限定「水の森」や、「屋久の島」など焼酎の他に、ジンやウィスキーなども取り揃えており、神聖な酒造りの場に足を踏み入れることができる工場見学も、島の地場産業に触れるツアーとして人気だ。

本坊酒造 屋久島伝承蔵
鹿児島県熊毛郡屋久島町安房2384
屋久島伝承蔵HP

緒方 麗

1976年屋久島生まれ。 屋久島・安房河畔のダイニング&バー「散歩亭」を営む傍ら、文筆活動や音楽活動を行う。MBC南日本放送やくしまじかんwebライター、ラジオ出演。共同通信の連載"やくしま物語"執筆など。屋久島の幻の民謡「まつばんだ」を、唄×屋久杉ウクレレ×映像チームと共同制作 https://youtu.be/LepquUW-tPA』

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